以前書いたブログ記事に加筆しました。
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ギターでニ長調やニ短調の曲を弾くとき、しばしば6弦をレに下げます。それまでミに合わせていた弦の音高を下げると、一度音を合わせても時間がたつにつれて少し高いほうにずれてきます。曲を弾き始めてから音がずれてきたことに気づくと、気になって演奏に集中できない人もいるのではないでしょうか。
ところで一度合わせたはずの音が高いほうにずれていくのはなぜでしょう。あれこれ調べて頭をひねって考えた結果、次のようなことが起きているのだと思います。
弦を緩める(ミからレへ,大雑把に)
↓
弦の温度が下がる
↓
温度が下がった状態でチューニングする(精細に)
↓
弦の温度が徐々に気温になじむ
↓
音高が上がる
弦を緩めると温度が下がるのは、それが短時間で行なわれるため断熱変化とみなすことができるからです。同様の現象に、ふくらんだゴム風船の空気を一気に抜くと風船が冷たくなるというのがあります。これは容易に体感できますから、みんなでやってみましょうね。また、温度が上がると縮もうとするゴムやナイロンの性質から、いったん冷えた弦の温度が上がるにつれて音高が上がります。キーワードは「エントロピー弾性(ゴム弾性)」とか「ガフ・ジュール効果」とか。興味のある方はこれらの言葉でネット検索してみて下さい。
さて対策ですが、原理から言って弦の温度が室温と同じになってから精細なチューニングをすればいいわけです。ただそれでは時間がかかりますから、工夫が必要です。以下の方法はどうでしょうか。
弦を大きく緩める(ミからドとかシとかへ,大雑把に)
↓
少し待つ(他の弦のチューニングを先にする、など)
↓
チューニングする(レに,精細に)
大きく弦を緩めると弦の温度も大きく下がります。周囲との温度差が大きくなればそれだけ短時間で大きな熱量を得ることができますから、一旦下がった弦の温度の上昇もはやくなります。目的の音(レ)にもっていくときにまた少し温度が上がりますから、うまいタイミングでやればレへのチューニングを完了したときに周囲温度との差が小さくなっているでしょう。
う~ん,ほんとでしょうかねえ。信ずるものは救われる・・・というより試してみましょう。
単純にミからレに下げる場合:
6弦をミに合わせた状態でしばらく(10分以上)放置して、その後15秒ほどの時間でレにチューニングしました。結果、3分後には7セントほど上昇していました。
いちど大きく下げる場合(その1):
6弦をミに合わせた状態でしばらく放置して、その後いったんシまで下げて、すぐにレに上げます。20秒ほどの時間がかかりました。結果、3分後には4セントほど上昇していました。
いちど大きく下げる場合(その2):
6弦をミに合わせた状態でしばらく放置して、その後いったんシまで下げて10秒ほど放置。その後レまで上げます。全体で30秒ほどの時間がかかりました。結果、3分後には3セントほど下降しました。
「いちど大きく下げる場合(その1)」と「(その2)」の違いは、シにおける放置時間の差のみです。ギアのバックラッシ等の機械的な影響は排除できているはずです。
「単純にミからレに下げる場合」と「いちど大きく下げる場合(その2)」について、音高と弦の温度が変化するイメージを図にしてみました。
【単純にミからレに下げる場合】
① 音高をミからレに下げます。すると弦の温度も下がります。
② 時間の経過とともに弦の温度が室温に近づきます(上がる)。それにつれて音高が上がっていきます。
【いちど大きく下げる場合(その2)】
③ 音高をミからシに下げます。すると弦の温度は、レに下げた時よりも大きく下がります。
④ しばし放置します。その間に弦の温度が室温に近づき(上がる)、それに伴って音高も上がります。
⑤ 音高をレに上げます。弦の温度が室温よりも高くなります。
⑥ 弦の温度が次第に室温に近づきます(下がる)。それにつれて音高が下がっていきます。
なお、目盛りやカーブの形などはテキトーですので、その点よろしくです。
まともな測定器を使ったわけではありません。チューナの針の読みですから精度を信じてはいけませんが、いい感じではないでしょうか。すくなくとも仮説を否定する要素は見当たりません。
仮説が正しいかどうかはともあれ、実用的には「いったん大きく下げる」という方法は有効と思います。まあ、シまでは下げ過ぎでしたね。放置時間とともにどのあたりまで下げるかというのも加減が必要です。
さて,逆はどうしましょうか。つまり、レに下げていた弦をミに戻して別な曲を弾きたいときは? いったんミを越えていったんファやソまで上げるということも考えられますが、弦にも楽器にもリスクが及びますよねえ。扇子持参でステージに上がり、弦を扇ぎながらチューニングしますかねえ。
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2008年02月11日
2021年12月12日 加筆・修正
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