狼なんか怖くない 〜サウンドホールに手を入れる〜

50年前に買ったギター『田村満1973』のウルフトーンを改善するプロジェクトの続きです。今回はサウンドホールにあれこれ手を加えてみます。前回のトルナボスで実用レベルの結果が出ているので、今回は気が楽です。

キャビティの固有振動ひいてはウルフトーンが単にヘルムホルツ共鳴だけの影響でないとはいえ、それが最も大きな要因であろうことは明らかなので、頼るのは今回もヘルムホルツ共鳴の公式です。

トルナボスではダクト長Lを操作したわけですが、今回の対象は開口部の面積Sです。ウルフトーンの周波数を下げたいので、Sは小さく、つまりサウンドホールを狭くすればいいことになります。逆だったら大変なところでした。


■準備

サウンドホールにいろんな大きさの穴の開いた円盤を被せていこうと思うのですが、作業の容易さのために、まずアダプタを作りました。こんなのです。

2枚重ねの円環で、外径は95mm。内径は下側の円環が75mm、上側の円環はサウンドホールに合わせた内径86mmです。指板の部分を切り欠いています。これに任意の穴を開けた直径86mmの円盤を、取っ替え引っ替え乗せていこうという魂胆です。

アダプタは指板への挟み込みでほぼほぼ止まっているのですが、念の為、小面積の両面テープで表面板に固定しています。

なお、今回の測定はすべて弦を張った状態で行っています。トルナボスに比べてチョー楽です。


■開口部面積とキャビティの固有振動数

ではさっそく測定を始めましょう。最初に用意した円盤は、それぞれ直径(φ)65mm、55mm、45mmの円形の開口部があるものです。

アダプタだけの測定も行いました。また、サウンドホールを完全に塞いだ場合も測定しました。

φ75(44.18cm^2) : 107Hz
φ65(33.18cm^2) : 102Hz
φ55(23.76cm^2) : 95Hz
φ45(15.90cm^2) : 87Hz
φ0(0.00cm^2) : ほぼ共鳴なし

カッコ内は開口部の面積(あくまでも計算値)です。狭くなるほど周波数が低下していますすね。特にφ55で95Hzというのはファ#とソの中間のいい値です。ただ、トルナボスのときよりも共鳴が強いように思われます。共鳴が弱いのはφ45ですね。かなりいいかも。周波数はファに「ど嵌まり」ですが。

それから、完全閉塞の測定は、測定系に変な特性がないこと(特に床や楽器と天井との間で定在波が立っていないこと)を確認する意図がありました。多少の高低はありますが、まあいいでしょう。


■開口部の形状を変えてみる

ともあれ、φ55を軸にして共鳴の強さが低減できたらいいなと思います。で、次にやってみたのは開口部の形状を変えること。ヘルムホルツ共鳴の公式では開口部の面積だけがパラメータで、形状は登場しませんが、実際のところはどうなんでしょう。

試したのはφ55と同じ面積の図形で、正方形、六点星、小さな正三角形が6個、の3種です。

大きな正三角形も試したかったのですが、規定の円盤内では面積不足となりました(計算がむずかしかった。といっても中学校の数学だけど)。星型も五点星では面積が足りませんでした(こちらは高校の数学が必要だった)。切り抜いた部分の面積は大丈夫です。重さを測って、みな同じであることを確認しましたから。

で、結果です。

正方形(23.76cm^2) : 96Hz
六点星(23.76cm^2) : 97Hz
三角形6個(23.76cm^2) : 103Hz

興味深いですね。形が複雑になるとキャビティの固有振動数が高くなっています。なぜでしょう。

推測ですが、開口部の形状が複雑だと出入りする空気の流れが乱れやすい。そうすると実効的なダクト長が短くなるのではないか。ヘルムホルツの公式の範囲内で私に考えられるのはそれくらいです。

肝心の共鳴の強さですが、あまり変化ありませんねえ。残念。


■ロゼッタもどき、ほかあれこれ

こうなると、開口部の形状をもっと複雑にしてみたくなります。そしてそれは当然ながらリュートなどの古楽器に備わっているロゼッタを連想させるわけです。

しかしロゼッタのデザインというのは比較的簡素なものでもとても精妙で、私の紙切り技術で手に負えるシロモノではありません。といって、竹内太郎先生に作っていただくほどの研究でもありません。

やむを得ず、こんなものを作りました。

直径5mmの穴が91個と弓形が6個。これで前に出てきた円盤と同じ面積の開口部となります(φ5の穴121個にしたかったのですが、うまく配置できませんでした)。

で、測定。

パンチングボード(23.76cm^2) : 106Hz

やはり周波数が高いですね。共鳴の強さも変化ないようです。傾向をはっきりさせるためにもっと極端なことをしてみましょう。

こんどはこれです。

φ55に張ってみたのは網戸用の網です。メッシュは1mm間隔、繊維の太さは0.25mmで、間隙率は56.25%になります。なので、計算上の開口部面積は13.36cm^2(円形ならばφ41.2相当)です。

ついでにメッシュの2枚重ねもお試し。こちらはメッシュの方向を45度ずらしてボール紙の両面に張っています。2枚のメッシュの間には [紙の厚さ±網のたわみ] 分の隙間があります。こうなると開口部の面積はどう考えたらいいのか分かりません。

1mmメッシュ(13.36cm^2 ?) 95Hz
1mmメッシュ 2枚重ね(???) 95Hz

おお、これはなんでしょう。周波数といい、共鳴の山のなだらかさといい、理想に近いのではないでしょうか。

周波数は開口部の面積に対してやはり高いですね。共鳴は同程度の固有振動数を持つφ55よりもずいぶん弱くなっています。

ところで、水道の蛇口の先端にステンレスのメッシュが2枚重ねで入っています。これがあると水流が乱れず、きれいにスゥーと伸びていきます。これの類推から、サウンドホールのメッシュは実効的なダクト長を長くする(固有振動数を下げる)効果があるような気がしたのですが、そうではありませんでした。考えてみれば水流が一方通行であるのに対して、音の場合は空気が出たり入ったりですもんね。閑話休題。

さらにこんなやつ。

φ60のボール紙の円環にφ50のティッシュペーパー(2枚重ねから1枚だけ剥がしたもの)を貼って内径を狭めてみました。さらに、そのティッシュに切れ目を入れてヒラヒラにしたものも。

狙いは開口部面積を曖昧にすることです。トルナボスでダクト長を曖昧にする試みはうまくいきませんでしたが、懲りもせずに開口部面積の曖昧化に挑みます。

がんばって円形に切り抜いたものの、エッジは不安定で鼻息にも揺れ動くティッシュならば、どこまでが開口部か判断に困る(誰が?)に違いありません。

ティッシュ(19.63cm^2 ?) 94Hz
ヒラヒラ(19.63〜28.27cm^2 ???) 95Hz

「ティッシュ」は笑っちゃうくらい共鳴が穏やかになりました。開口部面積の曖昧化は大成功です。サウンドホール内外の空気が「ここ通れる?」「通れない?」って悩んだんでしょうね。「ヒラヒラ」も悪くありませんが、ちょっとだけ共鳴が強い。

で、「ティッシュ」をセットした状態で弾いてみました。

とてもいい感じです。どの周波数でも、波形がスッと立ち上がって、きれいに減衰しています。95~97Hzあたりの減衰の形がすこし汚いですが余裕で許容範囲です。もちろん音を聞いてもウルフを感じることはありません。前回のトルナボスの最終形を凌駕する特性が得られました。


■まとめ

・サウンドホール(開口部)の面積を狭くするとキャビティ共鳴の固有振動数は低下する。
・同じ面積のとき、開口部の形状が複雑になるとキャビティ共鳴の固有振動数は上昇する。
・開口部に微細な(ミリ単位の)メッシュを張るとキャビティ共鳴の強さが低下する。
・開口部のエッジを曖昧にするとキャビティ共鳴の強さが低下する。

測定した全円盤です。試作したのはもっと多いんですが。


■やり残したことなど

「パンチングボード」と「1mmメッシュ」の間の目の細かさで状態がどう変化するか興味のあるところですが、適切な方法・素材が見つからなかったので、今回は断念します。

そしてリュートのロゼッタ。開口部の形状がとても複雑で、もちろん単純に穴を規則的に並べたものではなく、メッシュ状でもありません。期待するところは低音の強化とともにキャビティ共鳴(ウルフトーン)を和らげることですが、それも確認できませんでした。こんど百均に行ったら「レースペーパー」でも探してみようと思います。

ともあれ「1mmメッシュ2枚重ね」とまさかの「ティッシュ」でウルフ退治ができました。

毎回書いているとおり、測定が目的ではなくて、『田村満1973』をストレスなく普段使いできる楽器にすることが当初からの狙いでした。十分に満足できる形でそれが達せられたので、今回のシリーズはこれで一旦終了します。これからしばらくは、副作用がないか確認するために弾き続けてみます。

長文をお読みいただきありがとうございました。


■諸元

供試楽器 : 田村満 1973年 No.1000
使用弦 : Savarez Cantiga
基準音発生 : Tone Generator : Audio Sound Hz / iPad
マイク : MPM-2000U (Marantz)
収録・波形表示 : Sound it! 8 / iMac
フーリエ変換 : Scilab 2024.0.0 / iMac

測定方法の詳細は「狼なんか怖くない 〜ウルフトーンを可視化する〜」をご参照ください。


■番外編

側板にサウンドポートと呼ばれる穴の開いた楽器が手元にあります。ちょっとクセつよの楽器で、ラウンドバックで、表面板はへの字にベンドしており、ラティスブレーシングというシロモノです。

この楽器のサウンドポートを塞いだ場合と開いた場合のキャビティ共鳴を測定してみました。

サウンドポート閉塞 88Hz
サウンドポート開放 92Hz

側板に穴を開けるとキャビティの固有振動数が上昇することが確認できました。

2件のコメント

  1. 今回も大変興味深く拝読しました。こういう記事が現代ギターに掲載されれば、理系のギター好きは大喜びするのではと思います。

    1. そうですね。
      体の構造などの医学的な事項はときどき書かれますが、楽器の物理学的な記事はほとんど目にしませんね。

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