【枕草子春曙抄】雪、いとたかく

枕草子の中で「春はあけぼの」についで有名な「香炉峰の雪」の段を読んでみます。


第二百八十二段

【本文】
[是より別の物かたりなり]

雪、いとたかく降たるを、れいならず御格子(みかうし)まいらせて[ここにてはおろしをく也]、すびつに火おこして、もの語などしてあつまりさふらふに、少納言よ、かうろほうの雪はいかならん、と仰られければ、みかうしあげさせて、みす高くまきあげたれば[清少の也]、わらはせ給ふ[やかて彼詩の心と心得給ふさま也]。

人々も皆さる事はしり[人々のほめていふ詞也]、哥などにさへうたへど[朗詠する詩なればなり]、思ひこそよらさりつれ。猶、此宮の人にはさるべきなめりといふ。

【解説】
れいならず御かうしまいらせて
常は雪の物見に格子を上るに、けふは寒氣ゆへ、御格子おろさせたる也。

かうろほうの 香爐峰
雪、面白き所なれば、かくの給う也。此詞、后宮なるべし。但、基俊の悦目抄には一条院の勅言とあり。

みす高くまきあげ
朗詠ニ、
遺愛寺(イアイジ)ノ鐘ハ枕ヲ欹(ソハタ)テヽ聴(キ)ク
香炉(ロ)峰(ホウ)ノ雪ハ簾ヲ撥(カヽケ)テ看(ミ)ル
白楽天の詩也。

此宮の人には
時の人、清少をほめて、此后宮の御方にては可然人といふ也。

【拙訳】
雪がずいぶん降って高く積もった日のこと。いつもなら格子を上げて雪見をするのだけど、この日はあんまり寒かったので、格子を下ろして、火を熾した火鉢を囲みながら、他の女房たちと談笑していた。

そこに定子様がおいでになられて、「ねえ少納言、香炉峰の雪はどんなようすかしら」とおっしゃられる。これは白楽天の詩を踏まえたお言葉であるとピンときたので、他の人に格子を上げてもらって、私は御簾を巻き上げて、外の雪の様子がご覧いただけるようにして差し上げた。すると定子様は「面白いことをするわねえ」とお笑いになった。

他の女房たちもこの詩のことは知っていて、朗詠したりもするので、定子様がその内容を踏まえて、雪を見たいというご希望を仄めかされていることも分かったはずだけど、それに対して、言葉ではなく実際の行為でお答えしようとは、だれひとり思ってもいなかった。

皆からは、定子様にお仕えする人はこのように機転が利き、頭の回転も速くなくてはならないのだろうなあ、と言ってもらった。


季吟の傍注に「やかて彼詩の心と心得給ふさま也」とあるのは、定子も清少納言の行為は想定していなかった(けど、すぐに分かった)、という解釈ですね。

定子の問いかけも洒落ているけど、その上をいく清少納言の対応。互いの知識と教養の高さを知り尽くし、信頼しあっていればこそのやりとりですね。

「定子サロン」の和気藹々とした雰囲気も楽しげ。


表記の原則、参考文献等はこちらをご参照ください。
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