50年前に買ったギター『田村満1973』のウルフトーンを改善するプロジェクトの続きです。今回はトルナボスでウルフトーンの周波数を下げることに挑みます。
トルナボスというのは、ギターのサウンドホールの内側に取り付ける円筒(あるいは中空の円錐台)で、その目的は一般的には低音の増強と言われています。
原理的にはスピーカシステムのバスレフと同じで、キャビティにつながるダクトの有効長を長くすることでヘルムホルツ共鳴の共振周波数を下げようとするものです。ギターに明確なダクトはありませんが、発音時にサウンドホールを出入りする空気の塊が塊として振る舞う実効的な長さがヘルムホルツ共鳴におけるダクト長であろうと理解しています。
■キャビティの共鳴周波数の制御
理屈はさておき、さっそくトルナボスを作ってみました。
材料はボール紙(0.65mm厚)。これを丸めて円筒にします。長さは2cm、3cm、4cm、5cmの4種。これらを順次サウンドホール内に取り付けて、前回同様に共鳴法でキャビティの固有振動数を測定します。
結果はこちら(90〜120Hz,10Hzごとに時間幅を長く(太く)しています)。
円筒なし 113Hz
2cm円筒 107Hz
3cm円筒 101Hz
4cm円筒 97Hz
5cm円筒 95Hz
グラフを描いたらヘルムホルツ共鳴の公式どおり『1/√L』のカーブにフィットするのでしょうか。それの確認が目的ではないのでやりませんが、ともかく円筒が長いほどキャビティの固有振動数は低くなることが明らかになりました。
で、長さを調節すれば、すくなくとも95Hzから107Hzの範囲で狙った振動数を実現できるであろう見通しを得ました。
■共鳴の強さの制御
ウルフトーンの改善にはもうひとつ目的があって、共鳴の強さを低減したいということです。
これの評価方法には悩んだのですが、とりあえず共鳴法で得られる応答の振幅の大きさについて、固有振動数付近での盛り上がり具合を見ることにしました。このため、測定条件が変化しないように、円筒を交換する際は楽器を動かさないように慎重に作業し、マイク、iPadには手を触れないようにしました。
最初の測定結果はこうして得たものです。これをみてみると、円筒なしのときに振れ幅が大きく、円筒があると山がなだらかです。特に5cmのときはどこがピークか判断に迷いそうです。
円筒を取り付けたらダクト長が明確になって共鳴の強さが増すものと推測していましたが、そうではなかったようです。いい方向に予想が外れました。
ここで、もっと共鳴をあいまいにする方法はないだろうかと、欲が出ました。
円筒の長さで固有振動数が決まるのならば、長さがあいまいな円筒を作ったらいいのではないか。
ということで、側面の長さが場所によって変化する円筒を作ってみました。波型やギザギザ型。ひと山だったり3山だったり。山を高くしたり低くしたり。
しかし、今度は悪い方に予想が外れて、必ずどこかに共鳴の山がひとつだけ発生します。
しかも再現性がない。
取り付け方法は摩擦頼み、つまりサウンドホールの内径ぎりぎりで円筒をつくってそれをはめ込むのですが、円周が1mm違うだけでスカスカだったりキツキツだったりします。
ちょっと特性のよさそうなものができて、だけど取り付けが具合が緩いからと周囲にテープを巻いたりすると、特性が変化してしまうんです。
円筒の重さや円筒と表面板との密着度が表面板の振動に影響を与えて、それがキャビティの共鳴特性を左右するんでしょうね。そんなこんなでひたすらカット・アンド・トライを繰り返しましたが、
最初の単純な5cmの円筒よりもなだらかな特性のものは得られませんでした。
■実用化
当初の目標周波数だった100Hz付近の共鳴は3cmの円筒で実現できそうですが、5cmのほうが共鳴が弱いことは明らかです。ただし固有振動数は95Hz。調べてみるとこれはファ#(92.5Hz)とソ(98.0Hz)の中間にあって(A=440Hzのときの平均律)、絶好の値です。
なので迷わず方針変更! 5cmの円筒で、95Hz付近のゆるい共鳴を狙います。
最初の試作品はやはり取り付けが緩かったので、サウンドホールにキチキチで嵌まるように、周囲に紙テープを巻いて少し太くしました。で、案の定、特性が変わりました。
固有振動数が93Hzになりました。共鳴はきつくなりました。
共鳴の強さは対処の仕方が分からないし、弦を張ったらまた変わるかもしれないし、ということで、とりあえずそれは無視して、固有振動数の調整に注力することにしました。またまたカット・アンド・トライを繰り返し、最終的に長さ41mmの単純な円筒形状のトルナボスが出来上がりました。
弦を張って特性を測定しました。幸い弦なしの状態から大きな変化はありませんでした。
山は比較的なだらかで、高さは僅差で96H、95Hz、97Hzの順となりました。固有振動数は96Hzよりちょっとだけ低いところにあるようです。ちなみに表面板の固有振動数は230Hzでした。
音も出してみました。
(発音は途中で止めています。また指で弾いているので強さが一定ではありません。念の為。)
やはり95~96Hzあたりを中心に立ち上がりが鈍いですね。でも、対策前の113Hzの音に比べたら減衰も急ではないし、聴感上も許容範囲内です。
そして、これまでの悩みのタネだった5弦のラやシ♭はまったく問題なく明るく鳴ようになりました。5弦を朗々と鳴らせるのはなんといい気持ちなんでしょう。まるで別な楽器になったようです。
■まとめ(まとまらない)
・サウンドホールの内側に円筒を取り付けると、キャビティの固有振動数が低下する。周波数は、円筒が長いほど低くなる。
・円筒の長さが同じでも、取り付け方法や円筒の重さで固有振動数および共鳴の強さが変化する。変化の方向はよく分からない。
トルナボスが音に劇的な変化を及ぼすことが確認できました。そして、長さ以外にも音に影響する要素が多くあるらしいことも分かりました。ちょっと思いつくだけでも、
・材質 : 硬さ、重さ、等々
・形状 : 円筒、円錐台、指数関数的に広がるもの、砂時計のように途中がくびれたもの、側面の長さが一様でないもの、等々
・取り付け方 : 固着する、クッション材を挟む、糸やゴム状のもので吊る、等々
などがありそうです。
■今後の予定
トルナボスを極めたとは到底言い難いところではありますが、とりあえず目的は達成した(結果オーライ)ので、次はもうひとつのアイデアである「開口部の面積を変えることでウルフトーンを制御する」ことに挑んでみたいと思います。トルナボスと違って、弦を張ったままであれこれ試すことができそうなので、気が楽です。
ただし、生まれ変わった『田村満1973』をしばらく楽しんでからね。