春曙抄の序文のつづきを読んでいきます。
表記の原則、参考文献等はこちらをご参照ください。
【序文(後半)】
此草紙、異本さま/\なり。或は二冊、或三冊、或五冊。一決(ケツ)しかたし。古今和哥集、後撰集、源氏物語等は、定家卿の證本ありて世に定り侍るに、枕草紙には、いまだ此卿の御本を見出侍らず。
承應二年《1652年》の春、尾州より一本を得たり[上下二冊]。其本、紙(カミ)ふるく、手跡中古の筆体なりき。其文意あざやかにて、所々に朱点をくはへ、且又、人々の傳、官考などしるされたり。奥に異本両通かきくはへられ侍しは、此本、多本を合せて用捨(ヨウシヤ)せられし事しられ侍り。其奥書ニ云ク、
往年所持之愚本紛失季久更借出一両之本令書写之依無證本不散不審但管見之所及勘合旧記等註付時代季月等謬案歟
《往年所持之愚本、紛失して季(トシ)久し。更に一両の之本を借出して、之を書写せ令む。證本に無に依て、不審散ぜず(不)。但、管見の及ぶ所、旧記等を勘合て、時代季月等を註(チウシ)付く。謬案なからん歟(カ)。》
安貞二季《1228年》三月 耄及愚翁在判
文明乙未仲夏廣橋亞槐送實相院准后本下之本末両冊見示曰余書写所希也厳命弗獲止馳禿毫彼旧本不及切句此新写讀而欲容易故此拉此次加朱點畢
《文明乙未《1475年》仲夏、廣橋の亞槐(アクハイ)、實相院の准后(ゴウ)の本を送、之を下す。本末両冊見示(シメサレ)て曰く、余か書写希(コヒネカフ)所也。厳命、止コトヲ弗獲(エズ)、禿毫を馳(ハ)す。彼旧本、句を切るに及ば不(ず)。此新写讀而(て)、容易ならんと欲す。故に此に之を拉、次に朱點加、畢。 ・・・よく分からない》
正二位 行権大納言 藤原朝臣教秀
此耄及愚翁、誰人にや。勘物(カンカヘモノ)は此作にて、朱点は教秀(ノリヒテ)卿と見ゆ。此奥書のさま、證本と用侍らんに、とがあるましくや。
又一本[上下二冊]、堺本とて宮内卿清原氏の奥書あり。發端より一紙がほどは、よのつねの本に大かた似て、其次枕詞の次第など大きに異[コト]也。又、清少納言の哥よみし物語、一段も書つらねず。此本も、先達の用ひ給へる由の奥書など見えたれど、只、此耄及愚翁[モウギウクヲウ]、教秀卿[ノリヒテキヤウ]等[トウ]の奥書の本のおもむきを古人の用給へる證拠[シヨウコ]おほし。
まづ後拾遺、千載集、新古今、續古今、玉葉集等にいりし清少納云の哥、詞書までも、皆此本のさまと見えたり。其外、順徳院の禁秘抄、八雲御抄等に、清少納言が記にあり、としるさせ給へる事ども、又、基俊の悦目抄に香爐峰(カウロホウ)の雪の事あり。兼好法師が、徒然[ツレ/\]草に、かれたる葵[アフヒ]の事、なとかけるも此草紙の此本をもちひられし事なるべし。又、此本のたぐひにも少々異本[イホン]ありて、所々かはりめありといへど、多本を見合せて、中によろしきを用ひ侍し。
此草紙に、中古に季經の抄十冊ありと聞傳へ侍れと、いまだ見侍らず。只、多年此草紙をよみて、心に會(クハイ)する事あれば、食をも忘れてかきくはえおき侍りし。
禁中の事どもは、延喜式、西宮(セイキウ)抄、北山抄。又、此双紙より後の書ながら其事のたよりあれば、江次第、禁秘抄、雲圖抄[ウンヅセウ]、二条の太閤御所の年中行事の哥合の註、一条の禅閤[ゼンカウ]御所の公事根源などをかんがへ、官位の事は官位令[レウ]職原抄、百寮[リヤウ]訓要[クンヨウ]抄などを用ひ、家々所々は順[シタカフ]の和名集、拾芥抄に勘[カンカ]へ、名所は哥枕等ありといへど、此草紙をよく沙汰せさせ給へる故に、八雲の御抄をとり分て用侍り。
彼耄及愚翁の勘物にもらせる人々の官考[クハンカウ]、系圖傳[ケイヅデン]などは、公御補任[フニン]、大系圖、栄花物語、大鏡、作者部類等にておぎなへり。引哥は、万葉集、古今六帖[ココンロクデウ]、三代集よりこのかた、代々の撰集[センジフ]、家々の集等に勘[カンガ]へ、神社は、日本紀、三代實録[ジツロク]、延喜式など、卜部[ウラベ]の家説等を引まじへ、佛のうへは、其経々を勘へ、古語は、漢家[カンカ]の諸書[シヨシヨ]にかんがへ、古詩は文選文集のたぐひ、菅家分草、本朝文粋、朗詠集など用ふといへど、猶、我朝の詩文には疑[ウタガ]はしきを闕[カク]事おほし。此国の詩集[シシフ]数多は見侍[ハンベラ]ねば也。
衣服[イフク]の色々は、 餝抄[カサリセウ]、桃華蘂葉[タウクハスイヨフ]など、河海抄[ガカイセウ]、花鳥餘清[ヨジヤウ]などの類[タグヒ]、やまと詞の品々[シナ/\]は、源氏、伊勢物語の諸抄を證[シヨウ]とし、土佐日記、大和物語、狭衣[サゴロモ]、宇治拾遺[シフイ]、古今著聞[チヨモン]、江談[ゴウダン]、おちくぼ等の古物語、其外、多年見し所の哥書の中にて、この双紙の便りとすべきを用ひ、註[チウ]して、偏[ヒトヘ]に門人の哥学[カガク]のためとし侍。
さすがは季吟先生。学者らしく、参考文献も詳しく書いていますね。私は初めて聞く書名ばかりなので、列挙されると、どこが切れ目なのか分かりませんでした。
ちなみに「基俊の悦目抄」というのがありますが、これはのちの時代の誰かが藤原基俊の名を騙って書いた偽書だそうです。なりすましって昔からあるんですね。
書名に限らず、知らない事項はできるだけ調べるようにしているので、ただ書き写すだけでもいろんなことを知ることができて、勉強になります。合字の「シテ」も初めて知りました。
次はいよいよ枕草子の本文に挑んでいきます。
■参考書、参考サイト、利用アプリ
枕草子 清少納言 / 島内裕子 校訂・訳 / ちくま学芸文庫
Tomokazu Hanafusa 様のサイト。
http://hgonzaemon.g1.xrea.com/makurasoushi.html
AIを搭載した古文書解読アプリ「みを」。
http://codh.rois.ac.jp/miwo/about/
誤りなどありましたら、ご指摘いただけると嬉しいです。
以下は私がスキャンした紙面です。ご自由にお使いください。